松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
マーロウが死んでしまった翌朝。
マーロウを触ると、まるで剥製のように硬くなっていた。少しだけ、愛猫や愛犬をそのままの形で保存しておきたい人の気持ちがわかったような気がした。
しかし私はすぐに、区の動物死体処理に電話した。弔い方は人それぞれでいいと思うが、私はマーロウにしっかりとした葬式をあげるつもりも、お骨を返してもらうつもりも、なぜか前からまったくなかった。
担当の方に、何か箱のようなものに入れてくださいと言われて探したが、適当な大きさのダンボールがない。ふとベランダを見ると、昨夜きれいに洗ったマーロウのトイレがある。
マーロウを横たわっているクッションごと、ためしに入れてみた。最初からそのためにできてるんじゃないかというくらい、ぴったりのサイズだった。上に砂の飛び散り避けをのせると、即席の棺桶のようにすら見えてきた。
最期にトイレに入れるなんてと思われるかもしれないが、マーロウがいちばん慣れ親しんだものだし、これでいいなと疑問に思わなかった。蓋がわりに、発砲スチロールのボードを上にかぶせると、もう立派な棺桶だった。
粗大ゴミの手配もしないで済む。私はそんなことまで考えていた。
とりあえずボードを外してマーロウが見えるようにし、パソコンに向かう私の傍にトイレ棺桶を置いた。そして別れの会話の前に、細々としたことを終わらせておいた。
しかし、電話で担当の方は、午前中に伺いますと言っていたが、ドアチャイムがなったのはそれからたった30分後だった。なんという仕事熱心。私はマーロ
ウをほんの一撫ですると、ボードをかぶせ、さらに大きな袋でそれをくるんだ。そして、若くて丁寧な担当の方に、その即席棺桶を差し出した。
別れは、あっという間だった。ろくに話もできなかった。しかし時間があったとして、何を話しただろう。
部屋を見渡すと、なんだか広い。
心がどこかに持っていかれそうになる前に、私は今日の野球のチケットをネットで購入し、すぐに、グラビアアイドルについての原稿作成に取りかかった。終
わると、掃除と食事と風呂。DVDで映画2本。そして夕方から神宮球場へ。持参した手作り弁当を食べ、試合の合間に雑誌と本にも目を通した。自分に一息つ
かせたくなかった。
午後9時半、帰宅。
22年間で初めて、マーロウのいない部屋に帰ってきた。昨夜からの自分の手際の良いしっかり者さも功を奏して、マーロウの形跡はほぼない。そして、その形跡のなさが、逆にとてつもない存在感となって、私に襲いかかろうとしてきた。
私は急いでパソコンの前に座り、これからの素敵な生活に思いをめぐらせ、いまこれを、リアルタイムに書き進める。
4泊以上、なんだったら何ヶ月でも、旅行に行ける。女の子だって連れ込みたい放題だ。後輩たちに宴会用に部屋を貸したっていい。
いちいち片付けてきたが、これからは床に物を置きっ放しにしても、それが行方不明になることはない。窓だって全開にできる。
食事中に、突然ぷーんとうんこの臭いを嗅ぐこともない。毛や砂や、あげくに血もないのだから、毎日のように掃除をまめにしなくたって平気だ。
ゲロを絞り出されたり、砂を撒き散らされたり、テーブルのものを床に落とされて、いらいらしながら目が覚めることもなく、ぐっすり眠れる。
そもそも、布団を踏んづけたり潜り込んだりすることもないんだから、毎日の布団の上げ下げもせずに、敷きっぱなしで何も問題ない。
そういえば今日も神宮から、大事にコンビニ袋を捨てずに持って帰ったが、もうトイレの処理なんかしなくていいんだから、買い物のたびに時流に反する袋の持ち帰りもしなくたっていいのだ。
いいことだらけじゃないか。猫なんか最初から飼わなきゃよかったぜ。どうだ、マーロウ。ざまあみろ。
意地悪してやりたくて、振り返ってみる。
ばかやろう。いろよ、そこに。
こうして、私のマーロウのいない暮らしが始まった。
きっといつか、あいつと22年もいて楽しかったなあ、でも大変だったなあと、笑うだろう。これまで山ほど撮った写真と動画を見返すたびに、笑うだろう。
こんなに原稿のネタを提供してくれてありがとうと、笑うだろう。誰がどれだけ飼い猫自慢しても、マーロウにはかなわないよと、笑うだろう。
にゃー!!!!!!
marlowe age 0 (私の元へやってきた、1996年5月25日)







*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。
*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。