松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった


<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

11「好奇心に猫は落ちる」

 80年代に「キュリオシティ・キルド・ザ・キャット」というバンドがいたことを覚えている方は、きっと私と同世代以上の50代。
 このバンド名は元々はイギリスのことわざで、9つの命を持っていると思われている猫ですら、好奇心で命を落とすこともあるという戒めの言葉だ。「好奇心は猫を殺す」。
 うちの猫は命を落としたことはないが、文字どおり「落ちた」ことはある。
 マーロウが私の元へやってきて、まだ2週間くらいのこと。
 なんせ生まれて間もなく好奇心丸出し子猫なので、部屋にいる間は、必ず私の足元をとことこついてまわっていた。
 もちろんトイレも。「大」で座っているときにも、目の前にちょこんと正対してじっと見つめられるのは、最初はかなりの羞恥プレイだったが、そのうち私も彼の出入りのために、トイレのドアは閉めずにあけっぱなし用を足す習慣ができあがっていった。
 私もまだ20代だったし、いまでは信じられないかもしれないが、当時はまだ男が座って「小」をする時代ではなかった(関係ないがその習慣、最初は違和感しかなかったのに、いまでは平気で座ってしてる私)。
 なので当然、おしっこは立ってしていた。マーロウは足元から、私がジョロジョロと垂れ流す姿を、つぶらな瞳で見上げている。ジャーと水を流し、蓋を閉め、トイレから出ていくときも、可愛らしいったらありゃしないが、とことこと片時も離れない。
 でも、その日は違った。
 私は知らなかった。まだ小さいマーロウからすると、じょぼじょぼと私が垂れ流す液体の先が、まったく未知の領域だったことを。
 その日も、ジョロジョロとおしっこ。その行方に興味津々なマーロウ。全部出し切り、手を伸ばしてレバーをカチャ。水が流れ出す。
 その瞬間だった。キュリオシティ・キルド・ザ・キャット。
 マーロウが意を決してジャンプ! しかし便器にダイブ! しかも流れる水!
 うにゃにゃにゃにゃにゃ!
 きりもみで流れていくマーロウ!
 生まれたてくらいの大きさだったら、下手したら流れてしまったかもしれない。いや、もしかしたらこの段階でも排水口にはまってしまったかもしれない。
 私は大慌てで手を伸ばし、びしょ濡れのマーロウを救いあげた(念のため、すでにおしっこではなく、洗浄用の水がほとんどだった。たぶん)。
 目を丸くしてしているマーロウ。ドキドキしつつも、やがて思わず笑ってしまう私。
 好奇心で猫は落ちる。
 このときのことはまだ笑い話に済んだ。実際に、後に大泉洋さんとの対談連載でこのエピソードを披露してみた。すると、猫がとにかく大嫌いな大泉さんは一言、「流れちゃえばよかったのに」と呟いたのだが、私も思わず笑ってしまった。
 でも笑い話で済まなかったのは、マーロウが8歳のとき。私が事務所を引っ越ししたときのことだった。
 荷物の引っ越しの前日に、マーロウだけ先に新しい部屋に連れてきた。
 これまでよりも広い、何も置いてない部屋を興味津々で探検するマーロウ。私はそんなマーロウを置いて、元の事務所に引っ越し準備のために戻った。そして数時間後、またマーロウの様子を見にやってきた。
 マーロウがいなかった。
 部屋にも、押入れにも、ユニットバスにも、どこにもいなかった。まさかベランダから!? 慌てて確認するが、鍵はしっかり閉じている。そのときだった。
 ゔうううううううううう。
 そんな唸り声が聞こえてきた。まさか。声は流し台のほうから聞こえてくる。見るとシンクの下の、排水ホースなどがある収納部分の扉が開いている。あそこに入って遊んでいるのか?
 しかし中を覗き込んでもマーロウはいない。そして唸り声は、さらにその下から聞こえてきていた。
 私は真っ青になった。その収納箇所を見ると、奥の板の上部15センチくらいが開いている。そして、その先は壁まで、20センチほどの隙間が開いているのだ。下部を確認する。収納部分は下の床から、これまた20センチくらい上に設置されていた。
 つまり、こういうことだった。
 中に入り込んだマーロウは隙間を見つける。なんだこれと思いジャンプ! そのまま壁側に落下! 下まで落ちてあたりを見渡すと、流し台下部の隙間の空間! 高さはほとんどなく、真っ暗!
 何時間なのかわからないが、マーロウはそんな寂しいところに一人、閉じ込められてしまったのだった。

marlowe age 11



*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。

松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。