松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった



<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

21「赤ちゃん返り」

 マーロウ22歳の新生活は、新しい住処であることなどこれっぽっちもストレスにはならなかったようで、日がな一日、のたのたごろごろとして、穏やかに過ぎていった。
 ただ、変化はいくつか出てきた。
 まず、鳴かなくなった。もともと(ボケてた時期を除き)そんなに鳴いたりする猫ではないが、たとえば爪を切るときに足を抑えてたら、振りほどくときに出ていた声が、もうなくなった。
 同時に、その振りほどくときに、噛もうとしなくなった。全盛期は額をかりかり撫でてあげて気持ちよさそうにしていても、目の前で動く指に気づくと瞬時に「かぷっ」だったマーロウ。しかしもう、やられるがままだ。
 前話で出血の話を書いたが、その量と頻度が多くなってきた。足の裏だけでなく、いつ引っ掻いたのか、それとも皮膚がそこまで弱っているのか、頬や顎もばっくり切れて、やがて大きなかさぶたになったりしている。
 足の裏に関しては、傷に引っ付いたトイレ砂が「ぶにょぶにょ」してきて臭い。しかし取ろうとすると、やはりもう皮膚が弱いのか、皮膚ごとべろんと剥けて しまったりする。専用のガーゼなどを買ってきたりもしたが、どうにも治りには役立たず、かつもっと臭くなってしまったりした。
 だが、変化は悪いことばかりではない。
 前にも増して、もりもりと食べるようになった。前は皿に音を立ててカリカリを入れても、「ふん、興味ねえよ」みたいにチラ見して、私が見てないうちに 食ってたくせに、もう赤ちゃん時並に皿前に待機。「くれくれ」と目線でおねだり、まだ皿に入れてる途中なのに顔をつっこんで食べ出す有様。
 あるときは、がたんと豪快な音がするので見に行くと、カリカリにかぶりつきすぎて、皿が浮いてがたんがたんと床にぶつかる音だった。歩いていて何かにつまづくと、マーロウが顔を突っ込み過ぎて40センチも移動した皿だったこともある。
 しかし床に置いておいた、補充用のカリカリの袋を食いちぎろうとしていたときにはさすがに呆れ、手(口)の届かないところに隠した。
 そんな風に、22歳の4月と5月は過ぎていった。
 6月、次の変化は、よく歩き回るようになることだった。必要最低限しか動かなかったのに、「パトロール」とばかりに、部屋を一定ルートでのっしのっしと 回るようになった。布団を敷いて、その巡回ルートが塞がれてるときの「唖然」とした表情は、そこそこ可愛く、わざと椅子の位置を変えてみたりという意地悪 もさせていただいた。
 6月中旬からは「私のパトロール」が始まった。本当に赤ちゃん返りしてるのか、私の行く先々をトコトコついて回る。もちろんいまは寝たきりの時間のほうが長いのだが、目が覚めてる間は、カリカリ、水、トイレ、次に私の優先順位になったようである。
 座ってパソコンに向かってるときに、気づくと音もなく足元を歩いてたり、これはあるあるすぎて作り話っぽくなるが、腕立て伏せ中に顔の下を通過していったこともあった。
 そのくらいならいいのだが、クイックルワイパー中は、私とクイックルワイパーに(いまさら)興味津々でこれから拭くところに先回り。邪魔だよ。
 小さいときはよくやってたが、私のうんこ中に、ずっとトイレを探検。恥ずかしいよ。
 包丁を使ってるときや熱い鍋を持ってるときも、人を転ばそうとするくらいのまとわりつきぶり。危ないよ。
 そんな、見た目は仙人のようで、赤ちゃんのような行動をするマーロウとの日々。しかしそのわずか10日ほど後、状況は急変した。
 6月22日。マーロウのトイレの前に、ダンボールのついたてを置いているのだが、その下の方がびしょびしょに濡れていた。何事かと見ると、床一面が濡れている。水飲み場は違うところなので当然これは、マーロウの粗相、おしっこだった。
 ときどきうんこも床でしちゃうけど、ついにおしっこもか、と溜息。
 トイレは目の前なのになあと、ダンボールを捨て、トイレや爪とぎ器やエサ皿などをきれいに拭き、床はクイックルワイパーを何枚も使って掃除。
 そのとき気づいた。そういえば、カリカリが全然減ってない。この2日ほど、トイレにうんこも見てない。
「どうしたマーロウ」
 トコトコついてきたマーロウを抱き上げてみると、ずいぶん軽くなっていた。ごはん、食べてないのか。深刻な状況になりつつあるのか、それともこれまでも何度も心配したのに実は「ただの夏バテ」だったという、あれなのか。
 どちらだったのかは、翌日わかった。


marlowe age 21




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松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。