松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
22「世界でいちばん好きな猫」
6月23日、目がさめると、布団の上でこそなかったが、マーロウは私のすぐ目の前で眠っていた。
ひと撫でして立ち上がり、その向こうの部屋の床を見て、私は愕然とした。そこに水たまり。一瞬にして、いろんなことを理解した。確認のために猫トイレを見に行く。やはりそこには何もない。二度続けてなら確信しなくてはならないだろう。
マーロウは、トイレでおしっこができなくなっている。
きれいに掃除をした後で、砂が飛び散らないためのカバーを外した。跨ぐ力がなくなってるのが原因だとしたら、これならかなり段差はなくなる。念のため、赤ちゃんのときに教えのためにやったように、マーロウを抱っこしてトイレの中に、「ここだよ」と念じてそっと置いた。
すごく軽いマーロウ。
食べてないせいか、先週までのトコトコ歩きが、ヨタヨタ歩きになっている。しかしそれでも、水はぴちゃぴちゃとよく飲んでいる。
アマゾンでペット用のオムツを買った。そして、この数日のどこかで済ませるつもりの用事を、この日に終わらせておくことにし、外出した。
夜、帰宅すると案の定、床に三度目の粗相があった。マーロウを抱っこしてクッションの上に寝かせてあげた。
深夜、マーロウは立ち上がろうとすると、力が入らないのか、前足も後ろ足もふらついていた。たった三日前、トコトコとついてまわってきていたのに。
6月24日。朝目が覚めると、マーロウはトイレのすぐ近くにいた。おしっこやうんこを我慢してるのかと、またそっとトイレの中に入れてみた。しかし、やはり何もしない。
その直後に、さっそくアマゾンからおむつが届いたので、つけてみた。昔だったら足を持ち上げられるだけで嫌がったのに、こんなうっとおしいものをつけられても、マーロウはなすがままだった。
午後3時。おむつを替えると、中におしっこをしていた。
このまま食べられず、痩せていって、おむつにおしっこをして、やがて寝たままになり、そして死んでしまうのかなと、昨日からそんなことばかり考えている。
昨年10月に逝った、父のことをなぜか思い出した。
寝ているマーロウの、ゆっくりと、微かに上下に動くお腹に、ほっとする。
6月25日。深夜も何度か目が覚めて、ずっと寝たままだが伸びをするときに頭がクッションから落ちているので、マーロウの態勢を直しに行った。
朝、おむつを替えるがおしっこはしていなかった。起き上がってこないのだから、当然かもしれない。抱っこして、そっとマーロウの口元を水場に近づけた。二度ほどペロペロと舐めた。しかし目を閉じたまま、それ以上は動こうとしなかった。
クッションごと、マーロウを水場の目の前に寝かせた。私はパソコンに向かいつつ、ときどき斜め後ろを振り向いては、マーロウのお腹の上下を確認した。そして何度も近づいて様子を確認する。
どんどん痩せてるせいか、おむつがずれている。これも痩せたせいか、足などのかさぶたが皮膚から離れて浮かぶようになってきている。
そんな風に一日が過ぎていった。ときどきくちゃくちゃと口を動かしたり、ちょっとだけ手足を伸ばしたりはしたが、マーロウはずっと、横になったままだった。
夜の23時08分ごろ、くしゅんくしゅんとくしゃみのような動きをした。
「マーロウ、どうした」
これまで一日、少し動くたびにしていたように、頭を撫でながら、私は問いかけた。
そのとき私は気づいた、マーロウのお腹の上下がなくなっていた。お腹をさする。温かい。しかし、動いている気がしない。どっちなんだろう。私はしばらく、その答えを頭の中に浮かべないようにして、マーロウの頭とお腹を撫でていた。
マーロウはもう、それきり、動かなくなった。
私は確実に出てしまった答えを、どこかで受け止め、どこかで考えないようにしつつ、しばらく撫で続けた。お腹は、次第にへっこんでいって、あばらの感触のほうが大きくなっていった。
20分後、私は使用中のマーロウのエサと猫砂と爪とぎダンボールを、明日のゴミの日のためにまとめて捨てに行き、水飲み器とエサ皿と爪とぎケースと猫トイレを、風呂場できれいに洗って、ベランダに干した。
それくらいしか、やることが思いつかなかった。
marlowe age 22



*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。
*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。