松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
19「猫はただの猫」
若い佐々田は書架から取ってきた、ハインラインの小説を開き、菜津子が見えるいちばん遠い席に座った。
「好きな本だ」
「当然俺もね」
若い佐々田は猫のイラストがあしらわれた表紙を向けて言った。
「ニャニャコを飼ったのも、この本の影響だしな」
「だからそれも同じだよ。ニャニャコは何歳まで生きるんだ?」
若い佐々田の問いに、佐々田はふっと笑った。この世界では、ニャニャコはまだ八歳だ。
「信じられないかもしれないが、一九歳のいまでもふてぶてしさは健在だ。相変わらず、人が歩いてきても絶対に避けない」
「そうか」
若い佐々田も、どこか嬉しそうに笑った。
これは拙著「もういっかい彼女」の一節。主人公は、あるときから若いときの自分に会うことができるようになる。そのときに交わされる会話だ。
ちなみに、ここで彼らが語っている本は、SFとしてだけではなく、小説としてあまりにも有名な「夏への扉」だ。そしてこの作品は、猫好きにはたまらない1冊でもある。
さて、この小説でニャニャコのモデルにしてから2年が経ち、2017年4月、マーロウが21歳になった。
「人間で言うと」というたとえでは、ついにびっくりの100歳超え。
これまで書いてきたように、16歳くらいから見るからに老いてきて、さらに認知症になってしまったので、私は「その日」をずっと覚悟してきた。
しかし、いいことなのだが、あえて言わせてもらうと、いつまで待っても「その日」は来ない。前回、「もういっかい彼女」の表紙は遺影になるんじゃないかと書いたが、そんな気配はない。マーロウ、もしかしておまえ、化け猫だったのか?
21歳を機にマーロウにまた、少し変化が訪れた。やはりさらに年を取ったせいなのか、私をこの数年ずっと悩ませてきた唸り声が減ったのだ。回数が減り、さらに声量も減った。相変わらず強力な耳栓をしているが、もう唸り声で叩き起こされることもかなりなくなってきた。
老化にもこういう風に段階があるのが面白い。そして、この穏やかなマーロウを見ていると、16歳から20歳までのボケ老人期よりも、すでに仙人の域、なんだか長生きしそうな気がしてくるから不思議だ。
そして私は、このエッセイを、その1か月後の2017年5月、1話からここまで一気に書き上げた(どこに発表するあてもなく)。
ずいぶん昔から、「その日」が来たら、私はマーロウのことをいつか書くんだろうなと思っていた。作家だから当然、だが、いちばん身近な「ネタ」だからこ
そ、生きているうちに手をつけるのは、なんだか安直だなという気持ちもあった。このへんの作家のひねくれた心情には、とくにシンパシーを抱いてもらう必要
はない。
しかし、このままだと彼は、30歳くらいまで生きてしまうかもしれない。下手すると、老化著しい私のほうが先に「その日」になるんじゃないかという気すらしてきた。
というわけで、存命中だが、私も存命中に、マーロウのことを書き始めることにしたのだ。
これも死に水を取るような行為に思えなくもないが、「もういっかい彼女」のことで私はもう慣れた。奴はまだまだ、死なない。
作家が猫について語ると、いや、作家に限らず人は猫について語ろうとすると、どうしてもそこに人生や教訓を重ねがちだ。
だが、ここまで読んでくださった方なら私のスタンスがもうおわかりだろう。
猫は猫。ただの猫。無理に教訓なんか引き出す必要なんかない。猫に過剰に意味や意義を与える必要もない。そんなことをしなくても、充分可愛く面白く、人のそばに(決して「隣に」ではない)いてくれるではないか。それだけで、いい。
「ディオンヌのことを書くんでしょう?」
「ディオンヌのこと?」
野崎は麻由子を見た。麻由子は当然のような顔をして小首を傾げた。
「ディオンヌそのもののことは、あんまり考えなかった」
「私はさっきみたいに、周ちゃんからディオンヌの話をもっと聞きたいよ」(中略)
「ディオンヌの話は、またそのうちにね」
「猫の話をそのうちに」
麻由子は嬉しそうに頷いた。野崎はその言い方がおかしくて、同じ言葉を繰り返した。
「猫の話をそのうちに」
拙著「猫の話をそのうちに」より
marlowe age 19





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*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。