松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった


<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

01「猫が来る」

 いつから猫を飼いたいと思っていたのか、自分でもよくわからない。よくわからないが、いちばんのきっかけは、「犬と違って猫は部屋にほったらかしでよ く、手間もかからない」という情報を聞き、「へえ、そうなんだ」と軽く驚いたことだった。そのときから「もしかして、俺にも猫を飼うことができるんじゃな いか?」と思い始めたのだと思う。
 当時27歳だった私は、代々木上原の築20年以上の古アパートに住んでいた。職業は雑誌編集者。
 この職種の連中の大半は、「時間が不規則で忙しい」とうそぶき、この文章の流れも「だからペットなんか飼えないと思っていた」と続きがちだ。でも、私の 場合は編集者だが実に仕事が迅速で正確だったので、その心配はなし。そもそもどの職種でも、多忙ぶる連中はだいたい仕事が遅いだけだ。
 という話ではなかった。
 さらに、当時私はとにかく薄給でお金がなく、長期旅行に行くことも考えられなかったので、時間的なことも問題なしだった。
 ただ、「アパートの大家にばれたらどうしよう」「うんこやおしっこだらけにされたらどうしよう」という心配が先立ち、実際に飼いたいという気持ちにまでなることはなかった。
 しかしそのころから、担当している雑誌の、同い年のデザイナーの岡くんと、猫の話ばかりするようになった。
 岡くんはデザイナーなんて職種だけでもモテそうなのに、180センチ以上の長身に竹野内豊風の2枚目。しかも腰が低く穏やかな性格。この野郎。あ、いや、そんなナイスガイは祐天寺のワンルームアパートで、猫を飼っていた。
「大声で鳴く子もいるかもしれないですけど、うちのはずっと静かにしてますよ」
 きっと、お洒落な間接照明の部屋で、ジャズなんか聴きながら、ウィスキーのグラスを片手に猫を撫でたりしてるんだろうなあ。似合うなあ、かっこいいなあ。ちきしょう、この野郎。あ、申し訳ない。劣等感が丸出しになった。
 仕事の打ち合わせの前後に、必ず岡くんの猫トークを聞くのが習慣になっていき、洗脳されるかのように私の猫願望も強まってきていたころ、ついに彼は、ドラクエ風に言うところの「かいしんのいちげき」を繰り出してきた。
「うちの子、ときどきカーテンに爪立ててよじ登るんですよ。ボロボロになっちゃうんで、いつも叱ってるんですけど、その日、最初は気づかないふりして、こ こぞってところで急に振り向いて怒ってみたんです。びっくりして、次からやらなくなればいいなって。でもそのとき俺、気合い入りすぎて『何してるんだ にゃー!』って叫んでたんです。一人っきりでしたけど、恥ずかしくて真っ赤でしたよ」
 岡くんはこの話を自虐的な失敗トークとして披露した。しかし、私はもう完全に参っていた。
 私も猫を飼いたい! 私も猫に「何してるんだにゃー!」という台詞を発してみたい!
 私はその場で岡くんに「俺も飼う。どうしたらいい?」と相談した。実はこの段階で、ペットショップに行ったこともなければ、猫を飼っている誰かの部屋に行ったことすらないくらいの猫経験値ほぼゼロの私だったが、もう決意は固かった。
 岡くん自身は、猫をたくさん飼っている知人女性から、赤ちゃんが生まれたときに一匹譲ってもらったのだと言う。「その人に同じように頼んでみましょうか?」と聞かれ、私は後先考えずにこくこくと頷いていた。
 そしてそれから数ヶ月後の5月。岡くんが前触れなく言った。
「先月、生まれた子が何匹がいるらしいので、松久さんのところにも一匹、来ますよ」
 突然の、猫がやって来るニャア!ニャア!ニャア!(ビートルズ映画のこのダジャレを口にした人は、日本中に何千人レベルでいると推測)
 その猫は1996年4月5日に生まれたらしい。我が家(ぼろアパート)へやって来るのは5月下旬、乳離れが終わってからのよきタイミングで、ということになった。
 その日から私のわくわく(ついに猫と暮らせる!)、そわそわ(何の準備したらいいんだろう、どんな躾をしなくちゃいけないんだろう)、ひやひや(走り 回って隣の住人にばれたりしないかしら)、どきどき(ありとあらゆる意味で)が止まらなくなった。ロマンチックが止まらなくなった。WAKU WAKUさせてよDOKI DOKIさせてよ。
 気づくと一日中頭の中でC-C-Bと中山美穂がヘビーローテーション(若い人はそのへんのおっさんおばさんに聞くように)。
 そして、いよいよその日は、5月25日と決まった。私の元に、猫がやって来る。
 いや、やって来るにゃー!

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松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。