松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった



<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

06「猫の小説デビュー」

 カリカリを食べることを覚えたのはよかったが、やはり猫は、というかうちのマーロウは、どうやら人のお宅にお邪魔するより、私が不在だろうが自分の部屋にいるほうがストレスもなく、リラックスするように思えた(あくまでも、私個人の印象)。
 そんなわけで外泊苦手の私なのに、ベトナム取材の1か月後は、祖母が亡くなってまた3日ほど部屋を開けることになってしまった。
 そこで私は、仲の良い女友達に、私の不在の間、様子を見に来てもらうことにした。親切な彼女は、「そのうち1日、泊まってみたい」とも言ってくれた。夜、マーロウと過ごしてみたいと言うのだ。
 ここから何か艶っぽい展開があるかと思った方には申し訳ないが、この段階でも、そしてこれ以降でも、私は「うち、猫いるんだよね」という口説き文句で部屋に女を連れ込んで、そのままおいしい思いをしたことは、残念ながらない。
 実際に友人たちと飲んだ帰りに、「マーちゃん見てから帰る」とうちに寄ってきた女性たちは数人いるが、勢いで押し倒したりしたことはない。もし押し倒し てたりしたら、あのときマーロウはどうしたのだろうか? 大興奮でまわりをぐるぐる駆けずり回っていたかもしれない。くんずほぐれずの男女の上をピョン ピョン飛び越えていただろうか。いずれにせよ邪魔だよ、マーロウ。
 さて、話は戻るがその女友達が泊まりに来てくれた日、案の定、事件は起きた。祖母の葬儀も終わって携帯の留守番電話を聞いてみると、「忙しいときにごめんなさい。ちょっと緊急事態です」と、切羽詰まった彼女のメッセージが入っていた。
 まっさきに思い浮かんだのが、彼女がドアの開け閉めなどをしたときに、マーロウが外に飛び出してしまったのではないか、ということだった。
 私はすぐに彼女に電話をかけた。すると、そんなに深刻ではかったが、聞けば聞くほどびっくりする話が待っていた。
 昨夜から泊まっていた彼女。念願の(だったらしい)猫との一夜を過ごし、しかもマーロウもよく遊んでくれたらしく、大満足で朝、目を覚ました。準備のもろもろを済ませ、このまま出社しようかとしたところで、彼女は慌てた。
 どこを探しても、鍵がない。
 彼女は最初、「どうしよう、マーロウが飲み込んじゃってたら、死んじゃうかもしれない」と真っ青になっていたらしい。しかし、平然とごろごろ、のんびり前足後ろ足を毛繕いでなめなめ、一度伸びをすると部屋の中をどたどた。
 鍵を飲み込んだ猫には到底見えない。
 そこで彼女が取った行動が、27歳の美人OLとは思えぬものだった。ぼろぼろのアパートなんだからどうせ泥棒なんか入らないし、入ったところでたいした ものもないのだから、そのまま出かければいいものを、内側からドアをかけ、2階のその部屋の窓から外に乗り出し、その窓を閉めてから、1階に「えいっ!」 と飛び降りたというのだ。
 もうあんな部屋のために、あの猫の面倒を頼んだばかりに、嫁入り前の娘を骨折させるところだった。
 夜、私は一度部屋に戻った。心配げな彼女も時間を合わせてやってきた。合鍵で部屋に入ると、マーロウはやはり、何事もなくいつものように可愛く元気なままだった。
 私はすぐにベッドの下の収納の引き出しを全部引き抜いた。案の定、鍵はそこにあった。
 私は彼女に伝えるのをひとつ忘れていたのだ。猫は、床にある小物は、すべてアイスホッケーのごとくどこかにシュートしてしまうということを。
 結果、このときのことは後に笑い話となった。しかし笑い話だけで終わらせないのが、作家のせこいところ、いや、作家の創造性豊かなところだ。
 マーロウがやってきて、そんな事件もあった翌年、私はそれまで勤めていた雑誌編集部を辞め、フリーランスの編集者・ライターの道を進むことになった。そ の際に、ひとつの区切り、ひとつの記念として、私は初めてきちんとした長さの小説を書いた。ふとしたきっかけで同居することになった、3人の男女の恋愛と 成長の物語だ。
 その小説は個人的に大事にしていたのだが、何度かの改訂を加えて、6年後の03年に『四月ばーか』というタイトルで発売された。
 この中で主人公の青年が家を留守するときに、仲のいい女友達に猫の世話と留守番を頼むシーンがある。彼女が寝ている間に鍵がどこかへ消えてしまい、困った彼女はドアを内側から閉めると、2階から1階へとジャンプする。
 作家が唯一パクっていいのは、自分自身のエピソードだ。しかも猫は文句を言わない。

marlowe age 6



*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。

松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。