松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
08「猫をかぶっていないときがある」
マーロウの本格的になってしまった威嚇癖。その解消方法は、ストレスの除去。すなわち、「マーロウを人に会わせない」と結論が出た。具体的な方策は、ずばり「引っ越し」である。
猫のためにわざわざ引っ越し? と思われるかもしれないが、実は同時期に、別の理由で引っ越しの画策をしていた。当時はフリーの編集者から作家へ転身し
て、ちょうど仕事も忙しい時期だった。しかし仕事場は自宅のまま。そして私は明け方に寝て、昼過ぎに起きる完全夜型生活。
子供も大きくなってくると、この生活にいろいろと支障が出るようになってきた。そこで、自宅のすぐ近くに、私の仕事場兼寝床を借りることにした。子供が保育園から帰ってきて寝るまでは自宅で過ごし、それ以外はその別宅で過ごす。そこにマーロウも連れていけばいい。
まさかの私と猫の2人暮らしに逆戻り。
そして打ち合わせなどに人が来たときは、そのときだけケージに入ってもらう。
中には「私、猫に好かれるんですよ」と無謀にも、ケージ越しに指をつんつんと入れようとする方もいたのだが、威嚇癖だけでなく目の前に指を出すと私ですら噛みつく凶暴性を隠すわけもなく、マーロウは容赦なく、その方の「猫プライド」をずたずたに引き裂くのだった。
さて、再びそんな蜜月期間が始まって、いくつかわかったことがある。これはいろんな方が昔から言っていることで、猫を飼ってる人なら「あるある」、そうでない人なら「んなことあるかい」の典型で、発表するのも恥ずかしいが、やはり言わざるを得ない。
奴は、人間の言ってることややってることを、理解している。誰もいないときには、文字どおり猫をかぶるのをやめ、人のように生きている。
ね。「またその話かよ」と飽き飽きしてる方も多数かと思う。でも、やはり思うのだ。寝てるときにパソコンのキーボードの上に手をついて、同じ文字を打ち続ける「どどどどどどど」という低音で起こされるくらいだったらそうは思わない。
だが、ある日帰ると、またパソコンに勝手に同じ文字が並んでいるのだが、それが「っっっっっっっっっっt」とキーボードの真ん中あたりの文字だったり、さらには、シフトキーを押しながらでないと出ない「%%%%%%%%」だったりすることは、どう説明がつくのだろうか。
さらには、寝ているときに急にiTuneが立ち上がって、別に上のほうに表示されているわけでもない曲が急にかかりだし、びっくりして起き上がると、マーロウが「やべっ」とばかりにデスクから飛び降りたのは、いったいどういう状況だったというのだろうか。
ちなみにかかっていたのは、年配の方でもご存知ないと思うが、ハイ・ファイ・セットの「星化粧ハレー」という曲。なぜその選曲。
猫が喋るというのも、この手の話でよく出る「あるある」。
マーロウはよく、寝言を言う。それは鳴き声ではなく、確実に喋り声だ。日本語ではないので文字にはしづらいが、むりやり書くとするならば、「むなにまぬぬのむ」。「な行」と「ま行」が混ざったような音だ。
起きているときも喋っているが、奴はなかなか尻尾をつかませない。ただ、私が物音ひとつ立てずに本を読んでいたりすると、ときどき私がいることを忘れることがある。
その日、マーロウは段差を利用してラックのいちばん上まで登っていった。しばらく毛繕いをしていたが、ふと「?」という顔つきになった。するとすっと前足と後ろ足と揃えてすっと座り、壁のほうへ目を向けた。
「ぬぬににむむむまぬぬ」
喋りだした。完全に私がいることを忘れている。
「ねむむなななまななに」
何を言ってるのかはわからないが、かなりはっきりとした口調だ。ふっふっふ。マーロウ、君の決定的な瞬間を抑えたぜ。
私は物音を立てぬようにデジカメを手に、そっと立ち上がった。録画モードにして背後から忍び寄る。ぎしっ。微かに足音を立ててしまった。すると、マーロウはぴたっと喋るのをやめた。あーあ、ばれてしまったか。
しかし、マーロウはそのまま壁を見ていた。そのとき私は、あることに気づいて、一気にぞっとした。そもそも、マーロウは誰と会話をしていたのだ?
録画をしながらマーロウへ近づく。彼は相変わらず、一点をずっと見つめている。
あ、私に気づいた。さぞかし慌てるかと思ったが、マーロウは「何?」と言わんばかりに、私をじっと見返した。私は、きっと見てはいけない現場を見てしまったのだろうと怯えながら、静かにデジカメの停止ボタンを押したのだった。
marlowe age 8














*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。
*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。