松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった



<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

02「猫はタフでなければ生きていけない」

「にゃあぁぁぁ」(猫に初めて会ったときの私の蕩けた一言)
 1997年5月25日、ついに、猫が我が家へやって来た。
 小さい! 可愛い! 猫い!
 作家たるもの正しい日本語を使うべきだが、そんなことを言ってる場合ではない。猫い!
 岡くんが紹介してくれた杉井さんという女性は、2匹の猫を連れてきていた。1匹目のオスは私のため。そして2匹目のメスはその子の妹で、この後で違う人に譲るため。しばし、部屋の隅で私のことをおっかなびっくり探りながら、戯れる小さな兄と妹。
 もうどっちも飼いたいと正直思ったが、ここで欲を出さないほうがいいのだろう。
 もふもふとした、白地に黒とグレイの間くらいの模様の猫たち。妹の鼻は鮮やかなピンクだが、兄の鼻は片方斜めに黒ずんでいる。鼻くそに見えなくもない。だが、可愛い。
 目の前の小動物たちを前に、私は根本的なことすら知らないことに気づいた。これは何猫? ペルシャ猫でもシャム猫でもないことくらいはわかる。
「雑種なんだけど、何割かアメショーの血が入ってるよ」
 杉井さんは言った。「へえ、なるほど」とわかったように頷く私だが、いまの台詞はダヴィンチ・コード並みによくわかっていない。ハラショーなら聞いたことがある。聞いたことはあるが、そのロシア語は確実に関係ない。
 後で何気なく聞き出してみると、当然、アメリカンショートヘアの略だった。
 ご飯や水はそんなに神経質にならずに、いつもお皿にある程度入れておけば大丈夫。トイレの躾も済ませてあるけど、最初のうちは粗相したら根気強くトイレ 砂の上でやるように連れていく。1歳くらいのときに必ず去勢手術をするように。この簡単なレクチャーで杉井さんの「飼い方指南」は終わった。
 本当にそんなものでいいんだろうか? 不安は残るが、可愛い猫をいい状態で譲ってくれたお礼に、猫を残して二人にごちそうするために寿司屋へ行った。そこでも盛り上がる猫談義。しかし、心の中では一刻も早く部屋に戻って、猫の様子を知りたい私。
「名前、決めました?」
 酒と寿司もかなり進んだころ、岡くんが私に聞いた。私は頷いて、猫が来ると聞いてから、かなり早い段階で決めていた猫の名前を告げた。
「マーロウ」
 ご存知の方も多いと思うが、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説、その主人公の私立探偵の名をフィリップ・マーロウという。孤高のタフな男、そのイメージで名前をいただいたのだ。
 マーロウ、苗字だけど。
「なんか高貴な名前にしたんですね」
「そうだね」
 フィリップ・マーロウは気高い男だが別に高貴ではない。だがわざわざ指摘するまでもないかと私は頷いたが、このとき岡くんが猫の名を「麻呂」と聞き違えていたのだったことを知ったのは、ずいぶん経ってからだった。
 二人と別れて戻ると、いままで大勢の猫たちと一緒にいて、さっきまでは妹とも一緒だったのに、一人きりになったマーロウが、部屋の真ん中で私の帰りを待っていた。
 警戒と甘え、どちらにも取れる表情と仕草。
 私はマーロウに近づくと、怯えさせないようにそっと手を伸ばして、ゆっくりと抱き上げた。
 軽いなあ。ふわふわだなあ。可愛いなあ。
 すぐにデレデレになってしまう。ここでマーロウもごろごろと甘えてくれたりすればよかったのだが、私の手の中から這い出そうと、じたばたし始めた。あ、すいません、お気に召しませんでしたか。
 このときのマーロウのリアクションは、これから後、大人になってもずっと続くことになる。つまり、自分から触りに行くのはやぶさかではないが、私に抱かれたり触られたりすると、いやがってすぐに逃げ出す。
 ツンデレ、という言葉は当時なかったが、ザ・ツンデレ。
 私の手からは逃げ出しつつも、それから台所でもトイレでも、とことこついてくるマーロウ。あまりに足にまとわりつきすぎて、文字どおり「猫ふんじゃった」になるんじゃなかろかと、本気で心配にもなってくる。
 そして急激に湧き上がる、私の父性。フィリップ・マーロウの名言のひとつと言えば、「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格 がない」だが、猫の場合は「猫はタフでなければ生きていけない。優しくされなければ生きている資格がない」といったところだろうか。
 今夜からはどうぞよろしくね。安室奈美恵風に呟き、マーロウの頭を撫でてみる。
 痛っ。指噛まれた。

marlowe age 2



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松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。