松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
17「ボケていた」
マーロウの唸り声は、日中でも充分うんざりするのだが、これを夜中にやられるとたまったものではない。ここからしばらく、私は一晩に何度も、叩き起こさ
れることになった。必死に無視して寝入ったとしても、数時間後にはまた「ぎゅおおおおおお」。もう、ノイローゼになりかけていた。
実際に2012年の10月から、日記には(いまさらだが、私は大学時代から毎日日記をつけているのだ)、「マーロウがうるさくて昼前に起こされる」といった記述が、ほぼ毎日のように続いている。
動物病院で看てもらおうかと考えたが、外出もお医者さんに会うのも、確実にマーロウには甚大なストレスになる。
16歳で始まった唸り声は、その後もずっと続く。日記を読み返しているだけで、本当によく耐えてるものだと自分に関心する。
17歳も「マーロウとりわけうるさく何度も起こされる」「うるさく、なんとか二度寝」、18歳も「ギャーギャーで何度も目覚める」「とにかくずっとうるさい」。
そこまでになっておきながら、私は無知だったのか呑気だったのか、マーロウがなぜ唸り叫ぶのか、その原因を探ろうとはしなかった。マーロウ特有のことで、猫自体の問題だと考えたことがなかったのだ。
2年以上経って、まさかこれは病気なのかもしれないと、彼の様子をじっくり観察して、ネットでそれに相当するものを探してみた。
これだなという結果を見つけて、私は唖然とした。そこにあったのは、「認知症」という文字だった。
そうかマーロウ、君はボケてしまっているのか。そしてボケなので当然、それに対する治療や薬といったものはなかった。あとはただ、その状態とつきあっていくしかない。
唸り声の対策として、しょうがないので、私は薬局で売っている耳栓をして毎晩寝るようになった。多少はマシになったが、マーロウの唸り声は、発泡ウレタ
ンの柔らかい耳栓ごときでは完全にシャットアウトはしてくれない。数ヶ月後にはシリコン製の強力なものを使用するようになった。
マーロウが19歳のときの日記の記述は、我ながら壮絶だ。
「4〜12時の間に7〜8回起こされる」「一晩中起こされつらい」「泣きわめきは6〜7回。そのたびに起き、怒鳴ったり立ち上がったり」「ボケ鳴きがますますひどい。たぶん近所にも聞こえてる」「介護疲れは深刻」。
まさか介護疲れというものを、猫で体験することになるとは、思ってもいなかった。
「耳栓をする。少しは対処」「洗濯機が来るので耳栓はずしたら、やはり何度も起こされる」「耳栓しても昨今の午前10時ごろの喚きがひどく起こされる」「なぜか今日も10時に目がさめる。騒ぐ前にだからか?」
どうやら私は、先手を打ち始めたようだった。しかし、敵はそんなことでは許してくれない。
「8時すぎに起こされる。あっちも先手を打ってきたか?」
どうしても、マーロウは唸り声で私を起こしたいらしい。
「7時トイレ起き。こっちも老化現象で対抗」
何の勝負をしているのだ。
「7時トイレ起き。二度寝したら何度も起こされ12時すぎ起き。相打ち」
だから何の勝負なんだそれは。
実際には笑い事ではなかった。私はもともと自律神経失調症なのだが、2015年の年末、マーロウが19歳、私が47歳になるとき、これまでに経験したことがないくらいの体の不調に襲われた。
2か月近くに渡って、めまい、むかつき、背中と腰の異常な張り、悪寒、急な発汗、左半身のしびれ、歯茎の腫れ、ふくらはぎのつり、寝小便。もう病のデパート状態。
原因のひとつは、確実にマーロウだ。「マーロウうるさく、6回は起こされる」と、そんな日々が毎日続いていたら、当然具合だって悪くなる。
身体的にも精神的にもそんな状態だったとはいえ、私は、そのときの自分自身の日記の記述にぞっとする。ここで正直に告白しておく。「マーロウがずっと叫
んでて、その間、悪夢を繰り返し見る」「夜から朝まで耳栓あってもギャーギャーでよく眠れず」「わめきがひどすぎる」「ノイローゼレベルの叫び」と、そん
な記述続いた後で、私はついに、こんなことを書いていた。
「もう殺したいくらいうるさい」
愛猫家の皆さんのクレームの矢が山ほど飛んでくることだろう。だが、これはそのときの正直な気持ちだった。それくらい、参っていたのだ。
いまこれを書いているときにも、隣で丸まっていびきをかいているマーロウを見ると、あのときの惨状が嘘だったように思えてくる。
marlowe age 17




*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。
*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。