松久淳オフィシャルサイト週松(自前)表紙 > トップ > 週松プレイバック  広川太一郎主義!

 

*週松創刊当初からけっこうなボリュームがあったコーナーが、「広川太一郎主義!」でした。
広川太一郎さん。幼少期から40過ぎのおっさんになったいまでも、あらゆる表現者の中で、ずっと私がいちばん好きで尊敬している方です。ほとんど公私混同のように、何度も取材という名目でお会いさせていただけたことは本当に幸せでした。たくさんの録画した映画から広川さんのシーンを抜き出して編集したビデオをご本人にさしあげるなんてことまでしちゃったりなんかして。
そもそものスタートは、とり・みきさんのおかげで95年に発売された(おそらく初の)洋画吹替研究本に参加できたことでした。その後、とりさんの声優さんの対談本を構成させていただいたり、私個人もそういった広川さんのインタビュー記事や、広川さん、ひいては洋画吹替についてもエッセイをよく書かせていただきました。
ヤング晩年」にもショーン・ペンの吹替を私が担当した話(右写真)と、漣健児の日本語訳詞は広川太一郎主義だ!という2本を収録していますが、ここではその他のエッセイをまとめて何本か掲載いたします。

 

2011年8月11日再公開

●吹替版ビデオで観れば、タランティーノはもっと面白かったりなんかして (フィルムメーカーズ「クエンティン・タランティーノ」 98/4/30)

 ポール・ニューマンとミッキー・ロークの共演映画なんかあったっけかなと画面を振り返ると、ハーベイ・カイテルが血まみれのティム・ロスを抱きかかえていた。ベテラン堀勝之祐がニューマンやハリソン・フォード時よりちょい粗野にミスターホワイトを演じ、2枚目半声の名手安原義人がローク時よりちょいダン・エイクロイド風味で応えた段階で、『レザボア・ドッグス』はオリジナルとは違った作品として楽しめるわけだが−−あ、以下そんな話が続くので字幕主義者は読まなくてけっこうよ−−残念なのが、しょっぱなライクアバージン・トークがいまいちだってことだ。タラに江原“ロビン・ウィリアムス”正士あたりの饒舌が冴える声優を起用して、つかみをなんとかしてほしかったところ。

 てなこと思いつつ今度は『パルプ・フィクション』。かつて郷ひろみ(サタデーナイト・フィーバー)、野口五郎(グリース)、ついでに志垣太郎(プラスチックの青春)もアテた、とり・みき氏のお言葉を借りると「アイドル吹替のホームラン王」のトラボルタに、鈴置“ショウビズTODAY”洋孝が登板してるんで、ビンセントがやけに頭良さそうな奴に見えるけどそれはそれでOK。前作以上に安原ロスはハマってるし、ブルース・ウィリスも山寺宏一がソツなくアテて文句なし。ふだんシュワルツネッガーを代わりばんこに演じてる玄田哲章と大塚明夫が、マーセルス役とサミュエルLに扮しているんで、二人が話すシーンは画面を観なきゃりゃシュワルツネッガーの二重音声状態なんて、吹替マニアには嬉しい特典まであり。とまあ前作より格段に芸達者が揃っているのでかなりの傑作に仕上がったが、やっぱり、チョイ出演のタラは今ひとつなのでした。長丁場で出てこないキャラには、アテレコも力入れるわけにはいかないんだろうけど、ちょっと残念。

 じゃあこれもタラの出番少ないし、と期待せず『フォー・ルームス』。ティム・ロス=田代まさしとクレジットされていて嫌な予感。渡辺徹・松崎しげる・大場久美子の『スター・ウォーズ』を例に出すまでもなく、有名人話題作り吹替は(小野やすし&せんだみつおの『ブルース・ブラザーズ』のような「当たり」を除き)昔からロクなもんがあった試しがない。で、結果として田代ロスは、『大災難』の大竹まこと=スティーブ・マーチンよりマシだが、西川のりおの『ビートルジュース』ほどではないと1話目で判明。ところが2話目になると野沢那智と榊原良子、3話目にはほとんど台詞のないガキにド根性ガエルから銀河鉄道999まで「少年声」の大ベテラン野沢雅子を起用という、唖然とするほど豪華なキャスティングが用意されている。その凄さは4話目になるともっととんでもないことになっていて、テレビでは村野武範だが吹替版ビデオでは定番のブルース・ウィリス=樋浦勉(リチャード・ドレイファス声でも有名)、そしてポール・カルデロンに、ディーン・マーチンにロイ・シャイダー、ピーター・セラーズからロッキーまで吹替最強のオールマイティ羽佐間道夫というべらぼうな布陣。しかし、このベテラン総登場もたんなる前フリに過ぎなかったのである。ついに、あのタランティーノにこれ以上ないという吹替が用意されていたのだ!

 そう、その名は広川太一郎!(盛り上げるために改行したけどいかがだったかな)

 広川太一郎の最大の武器とは「オリジナルどおりにやらなくてもOK」な声質と芸だが、ちょっと真面目なミスターBoo、ちょっと大人なスノークといった感じで「あら君ってもんは急いでるの」「そりゃどもありがとな」「指忘れちゃったらどうすんの」なんてタランティーノが喋ってるんだもの、面白くなかったはずの本作が、てなこと言うと怒る人もいるっかもしんないけどもな、こいつぁ吹替の方が面白い、いや吹替ならば面白いんであるからにして、風邪の季節も助かりマスク。

 吹替はオリジナルの声に近い声優にするにこしたことはないが、インパクトが強い奴の場合、正攻法ではなく「違うキャラ」に仕立てる方が正解なときもある。もちろんその場合は声優の力量が問われるわけだが、広川太一郎なら文句なし。広川タランティーノ、飛び道具のようでワン・アンド・オンリーなキャスティング。これは続く『フロム・ダスク・ティル・ドーン』でも踏襲されており、結論から言えば本作がタラものの吹替版では、いや全吹替映画を射程に入れても、名作と言っても過言ではない。タランティーノを広川太一郎がタラタラこなしているのはもちろん、ジョージ・クルーニーをドロンにレッドフォード、ウォーケンにC3POまで老若男ロボット問わずの野沢那智が若かりしアル・パチーノ風に決め、老け役ハーベイ・カイテルをブロンソンからネズミ男までな大塚周夫が貫禄で演じている。これだけ完璧なキャスティングの作品が面白くないわけがない。吹替なら、この映画は面白いのだ。吹替なら、ね。

 こうなると楽しみなのは『ジャッキー・ブラウン』だが、私の予想(希望)キャストはこうだ。パム・グリアーにはクールな美女と言えばの田島令子(かつてのキャスリン・ターナー)。サミュエルLはもともとタラが演じるつもりだったということで広川太一郎。デニーロは昨今定番の小林“次元大介”清志がダレ気味に演じ、マイケル・キートンは安原義人でややおどけた感じに変更。ブリジット・フォンダは声は知的にした方がソソるかもで高島雅羅(この人もショウビズTODAY)。そして実は肝なロバート・フォスターには、ロバート・ボーンの矢島正明、と言いたいとこだが、やはり『奥様は魔女』ナレーションでおなじみの、飄飄とした紳士声・中村“デビッド・ニーブン”正にしっとり演じていただきたいのだが、さて、結果はいかに? これなら少しは面白くなるんじゃなかろか、なんてー、こと、言ったりなんかするから怒られちゃったりするんだものー、ぞなもし。

 

●エピソード1、何よりも気になるのは「日本語吹替版」だ (エスクァイア誌 99/9)

 本誌の別特集はキューブリックとか。

 キューブリックと言えば、『博士の異常な愛情』のピーター・セラーズ1人3役を、大統領=中村正(デビッド・ニーブンや『奥様は魔女』のナレーションでおなじみ)、マンドレイク大佐=愛川欣也(彼はアテレコ界ではジャック・レモンの代名詞)、ストレンジラブ博士=大塚周夫(ブロンソンでも有名だがブラック魔王やネズミ男もこの方)という豪華このうえない声優が担当したことで有名な監督だが、他作品では特筆すべきことはない。ここで『2001年宇宙の旅』に話をシフトさせて、うまいことSF映画に流れ込みたかったのだが、はて? 誰が吹き替えてたんだっけ? まったく印象にない。

 というわけで『スター・ウォーズ』である。この映画史的には記念碑的作品は、我々吹替愛好家の間では「世界一最低の作品」として記憶されている。

 ルーク・スカイウォーカー=渡辺徹  レイア姫=大場久美子  ハン・ソロ=松崎しげる

 宇宙を舞台に大活躍したのはラガー刑事とコメットさんだったのである。しかし、当番組の視聴率は32.4%。この数字は日本人の何割かが確実に、顔黒のハリソン・フォードが「♪美しい人生よ〜」と歌っていたと過った記憶を持ってしまったことを意味する。

 もちろん、このキャスティングの顰蹙ぶりは当時からただ事ではなく、織田裕二&三宅裕司で失笑を買った『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がのちに三ツ矢雄二&穂積隆信で信頼を取り戻したように、続編や再録版ではキャスト総替え、マーク・ハミルに連想ゲームでおなじみ(古いか)水島裕(現・水島裕允)、キャリー・フィッシャーに宮崎アニメの常連島本須美、C3POには野沢那智や富山敬などを配し、どうにか事無きを得た。

 ちなみにテレビ放映前の最初の公開時、日本語吹替版も上映されているのだが、このときのルークには「声が似ている」という理由でルーカス自身に指名された声優がいた。

 その名は、奥田瑛二。

 ルーカス君、君は日本のアテレコに口出しちゃいかんと思うぞ。

 

●だってあの山寺宏一さんですよ。(週松コラム 2001年3月)

 明日、私は山寺宏一氏に会います。

 子供には「アンパンマン」のチーズや「エヴァンゲリオン」のなんか2枚目の人の声優、もっと子供には「おはスタ」の「おっはー」の生みの親である山ちゃん、子供番組にもアニメにも興味ない方にはドラマ「合言葉は勇気」に役所広司の親友の放送作家役で出ていた俳優と言えばいいでしょうか。

 でも私にとって山寺宏一氏は、かつて洋画吹替が面白くてしょうがなかった時代の広川太一郎さん以来、久々に現れた吹替界のスーパースターなのです。トム・ハンクス、トム・クルーズ、ブラッド・ピットのような2枚目を余裕でこなし、ブルース・ウィリスやジャン・クロード・バンダムのような肉体派もオッケー、そして何よりも、ジム・キャリーやロビン・ウィリアムスなど喋り勝負の連中を、なんと「本人より面白く」(松久独自調査)してしまった人なのです。

 山寺氏の凄さを知るには、「フィフス・エレメント」と「オースティン・パワーズ・デラックス」の2本を借りてくるのが最適でしょう。前者ではブルース・ウィリス、ではなく、なんと悪役ゲイリー・オールドマンに回っているのですが、なんとあのオカマ早口DJ役クリス・タッカーまで受け持っての1人2役。しかもこのクリス・タッカーが、完璧すぎるほど完璧。ときどき発する奇声までバッチリ、という凄さです。

 となると「オースティン・パワーズ」のマイク・マイヤーズの1人2役は当然山寺氏の出番、そして「デラックス」の1人3役だってもちろん、ということになるのです。「デラックス」ではマイヤーズの3役目にちっとも面白くなかったファットバスタードというデブが出てきますが、山寺氏の手に(声に)かかれば「なんだこのやろう、食べちゃうぞこのやろう」と猪木風にアレンジしてキャラ度アップ、そしてさらにはあのドクターイーブルのラップシーンもすべて日本語で再現、しっかり韻まで踏んでいる!

 本国のディズニーが認定したドナルド・ダック声優であったりもする、七色どころじゃすまない声と演技、そして何よりも声にスター性まで兼ね備えた山寺宏一氏。そんな方にお会いできるとなれば、いつだってどこへだって行きますってもんです。

 

●その後の広川ビデオ1 広川さんご本人に褒めていただいちゃいました。 (週松コラム 2001年6月)

 いま(01.6.29)出ている「コンポジット」という雑誌に、『クイーン・コング』絡みで広川さんのインタビューが載っているのですが、「マイチャート10」と題して、広川さんがお気に入りのものを10個挙げていらっしゃいます。

 そこで! なんと!

 カルティエの時計、ダビドフのタバコ、クルマのジャガー、などをさしおいて、「松久淳編集の広川太一郎ビデオ」が1位に! (これ、ただたんに10個並べてるだけなのかもしれませんが、「1」と書いてあるんで「1位」とオレ的解釈)

 ご本人のお墨付きなんて、こんな嬉しいことはありませんね。

「松久さんが資料として編集してくれたビデオです。僕の仕事は形として残るものが少ないので、こういうものを作ってくださることはありがたいです」

 ワオ! グレート! 合格!

 

●その後の広川ビデオ2 広川さんを知らない若いお客さんにもウケました。 (週松コラム 2001年6月)

 というわけで01年6月28日に渋谷シネクイントで開催された、雑誌「リラックス」主催の『クイーン・コング』試写会。この前説で、シネリラックス座長のミルクマン斉藤氏とともにトークをしてきました。

 最初に何の前フリもなく「1:広川さん20連発」をプロジェクターでスクリーンに大写しにしてみると、まあ案の定、広川さんを知らない世代のお客さんたちは「?」な顔。ぽかーん。

 でも、その後我々が登場して、短い時間ながら広川さんの面白さを解説しながら「2:サンタモニカの週末」「3:怪盗大旋風」を流すと、これが意外に(?)大ウケ。で、最後に「4:ミスタービーン」を上映して、前説ショーは無事終了したのでした。

 映画のトークショーって、だいたいオシャレな業界の人が出てきてまったりトークしたりするものらしいですけど、間(ま)が嫌い&最近観たトークショーでいちばんだったと思ってくれなくちゃイヤ、な私。こんな盛りだくさんなものを観られて(しかも私はよく喋る)、お客さんは大満足……だったのか、映画本編の前にお腹いっぱいになっちゃったのかは(トークあけですぐ飲みに行ったので)知りませんが。

 ミルクマン氏とは「大阪でもやろう」と盛り上がったのですが、さてさて実現しますかどうか。

 ちなみにその12時間後、今度は都内某所で、羽佐間道夫さん、山寺宏一さん、とり・みきさんのある収録を見学していた私。半日で吹替の70%を堪能してしまったような気分でした。

 

●『クイーン・コング』いきなり日本語吹替版だけで公開する英断に拍手!(劇場パンフレット 2001/夏)

 その日、アルバトロスというどうでもいい映画ばかり配給している会社の、叶井という態度はでかいが気は小さい、まあ簡単に言えばどうでもいい男から電話がかかってきた。

「あのさ、今度のウチの新作早めに観て欲しいんだよね」

「イヤだね、コンドームが人殺すとか、肉屋のオヤジが人妻とやるだけとか、どーせそんな映画だろおまえのなんか」

「違うんだよ、『クィーン・コング』っていってさ、キングコングのメス版なんだよ、やばいよこれ」

 そもそも「やばい」なんて言い方をいまだにしてる段階でやばいのだが、そのプロットを聞いただけで目まいがしてきたので、このまま電話を叩き切ってやろうかとしたその瞬間、叶井はまったく予期せぬことを口走った。

「これさ、いきなり劇場で日本語吹替版で公開しようと思ってるんだよね。その声優さんのキャスティング、考えてくれない?」

 洋画吹替マニアを公言していたので、この手の発注はもっと早くにあってもよかったところなのだが、まあどのテレビ局もビデオ会社も吹替版を作るときにはもちろんそれ専門のプロの方々がいるわけで、私のようなたんなる吹替マニアにはもちろん出る幕はない。つまり、こういうどうでもいい会社のどうでもいい奴からの依頼が初キャスティング仕事になったわけだ。まあこんな話はどうでもよろしい。

 で、映画を観てみると、確かにキングコングメス版は出てくるが、別に特撮スペクタクルでもホラーサスペンスでもなんでもなく、これが完全にテレ東お昼のロードショー感覚あふれる、ゆるいけどついつい観ちゃうタイプのコメディ。つまり、どうでもいい会社のどうでもいい男にしては「吹替版で公開する」というのは実に的を得た考えで、吹替版でこそ威力を発揮するタイプの映画だったのだ。たぶんどうでもいい当人にしてみればウケ狙い以外の何物でもなかったのだろうが。

 となると、声優さんのキャスティングは昨今流行りの「有名人話題作り吹替」ではあってはならない、ということになる。

 それはなぜか。

 その理由はこの映画を観たとき、たとえば『トイ・ストーリー』の唐沢寿明+所ジョージのような「特別に作られた吹替版」という印象を観客に与えては意味がない。あたかも「その昔に作られたすごく面白い吹替版」を、面白すぎるんであえて今、劇場で公開した、という印象を与えた方が映画にフィットするからだ。

 同様の理由で、「現役バリバリの声優」もNGとなる。たとえば、山寺宏一さんと戸田恵子さんがアテればどんな映画でもオリジナルより30パーセント増しで面白くすることが可能だ。しかし、ここはあえて「ベテラン名声優」で「往年感」も同時に出さなくてはならない。

 オレの頭の中に順不同敬称略で名声優の名がずらずらと挙がる。羽佐間道夫、野沢那智、中村正、矢島正明、大塚周夫、納谷悟郎、池田昌子、鈴木弘子……。名前を呟くだけでワクワクしてくる(のは私だけではないはずだ)が、ここはじっくり「キャラクターを最大限に引き伸ばすことができる」ベストな声&演技の持ち主を選ばなくてはならない。

 そして、映画の撮影のためにスカウトされてむりやりジャングルに連れてこられたすっとぼけ男、そして男をだまくらかして連れてくるセクシーだけど怖い女監督、この2人は考えに考え抜いた挙げ句、やはり吹替を多少でも知ってる人なら誰でも思いつくあの2人しかありえない、という結論に達した。

 広川太一郎さん&小原乃梨子さん。

 広川さんはもう説明不要の広川さんだが、キング・オブ・アテレコ、世界でもっとも吹替を面白くした男であり、ロジャー・ムーアやロバート・レッドフォードを2枚目にこなしながらも、やっぱりミスターブーからミスタービーンまで、だものてなこと言っちゃたりなんかしてこのこの風邪の季節も助かりマスク、な30歳以上なら誰でも真似したことがある広川トークを炸裂させた広川さんである。

 この映画の主人公を、無理矢理キャラの系譜を考えると「筋肉のあるジーン・ワイルダー」だと気づいた瞬間、かつて『大陸横断超特急』という映画で列車から何度も落とされるジーン・ワイルダー(オリジナルでは「オー」とか「アー」とか叫んでるだけ)に「まただもの〜」「三度目だものこれで〜」と叫ばせた広川さんこそ、この男をすっとぼけで面白くやってくれちゃったりなんかするんだものこれが、と即断、私がここで例を書くのは失礼なので書かないが、この映画にどれだけ日本語のダジャレをつっこんでくださるのか、どれだけおとぼけキャラ度をアップさせてくださるのか、想像しただけで笑ってしまうではないか。

 女監督の方はといえば、このキャラをどう捉えるかで声優さんも変わってくる。たとえばお色気キャラを強調するなら、マリリン・モンローといえば誰もがあの声が浮かぶ向井真理子さんが妥当だろうし、怖いお姉さまを強調するならメーテルのかあちゃんからジェイソンのかあちゃんまで、「演歌の花道」のナレーションでおなじみ来宮良子さんに必要以上におどろおどろしくやっていただくのも手だったろう。

 しかしこのキャラを、タイムボカンシリーズのドロンジョ様のように、「セクシーな悪女だけどちょっとマヌケ」と見なせば映画はもっと面白くなると気づけば、これはもう小原乃梨子さんでしかあり得ない。子供には「のび太」だが、30歳以上にはバルドー、ジェーン・フォンダ、クラウディア・カルディナーレと70年代セクシー美女を一手に引き受けられたセクシーボイスの女王。しかし、そのセクシーボイスをドロンジョ様のように笑いにも転ばせられる方でもある。これ以上のキャスティングはあるまい。

 というわけでアルバトロスというどうでもいい会社の叶井というどうでもいい男に、お忙しいお二人のスケジュールをとにかく抑えるようにと指示を出し、そしてなんと、お二人が引き受けてくださったりなんかしちゃったんだものこのこの〜。

 後日、アテレコ現場に立ちあわせいただいた私は、腹がよじれるかというくらい笑わせていただいた。そして、お二人の芝居の凄さに改めて感心しきりであった。

2001年3月某日、「クィーンコング」吹替版収録スタジオにて、広川さん小原さんと。談笑? いえいえとんでもない、こっちこちですよもう、の図。ふだん、「仕事でもプライベートでも、著名な方にサインと写真は絶対に頼まない」をポリシーにしてる私ですが、この写真を勝手に撮っておいてくれた配給会社の女性は、もう天使に見えました。

 

●声がかわれば ドラえもん新キャストにちなんでの吹替映画話 (エンタクシー誌2005.3.28)

 「この原稿を書いている段階では」という前置きがある原稿が嫌いで、自分は絶対に書くまいと思っていたが、今回ばかりはどうしても書かざるを得ない状況である。

 発売日にはもう衆知のことだろうが、締切ぎりぎりまで待ったが、この原稿を書いている段階では、「ドラえもん」の新キャストは結局発表されなかった。

 ちなみに私の希望キャストはこうだった。

 広川太一郎さん(ドラえもん)、野沢那智さん(のび太)、小林清志さん(スネ夫)、大塚周夫さん(ジャイアン)、小原乃梨子さん(しずか)。

 「僕ってものは、未来から来たりなんかした猫型ロボットってものだったりするんだもの、このこの〜」なんてことになったら愉快だったんですが、「若返り」が目的でしたかああそうですか。でも、小原さんののび太からしずかへのコンバートは、実際にドロンジョ様声でお電話をいただいて悶絶した過去を持つ身としては、ぜひ実現していただきたかったところ。

 しかし実際問題として、山寺宏一さんなら、しずか以外全部ハマりそうな気配がしているんですが、アンパンマンについでドラえもんも戸田恵子さんが制するような気もしてるんですが、さて、結果はいかに。

 本題。こういう「誰もが知ってる声」が変わるとき、だいたいうるさいファンはうるさいことを言い出し、適当な視聴者は適当な文句を言う。

 いい例が山田康雄さん亡きあとの栗田貫一さんのルパン三世だが、さて、適当に「クリカンのルパンなんてさ」と言う人は本当にその後のスペシャルを全部見ているのだろうか。はっきり言って、うまい。しかも第1回こそ「堅さ」と「山田康雄さんに似せなくては」な思いが伝わってしまったが、いまは「山田康雄路線を踏襲したクリカンルパン」として違和感なくやっていらっしゃる。

 これは小池朝雄さんが亡くなったときも同じで、誰もが「刑事コロンボはどうなるのか?」と心配をし、実は私も当時、ちょうど「古畑任三郎」の時期でもあったので、「思いきって田村正和に」などと舐めた原稿を書いていましたどうもすいません、しかしふたをあけてみたら石田太郎さん。その第一回を見たときの「あまりにも小池朝雄そのもの」の吹替の衝撃は忘れられない。しかしやはり、何作もやってこなれてくると、「小池朝雄路線を踏襲した石田コロンボ」として、抜群のハマり方をみせていらっしゃる。

 私が対談構成させていただいた「とり・みきの映画吹替王」(洋泉社)という本での野沢那智さんのお話だが、野沢さんも山田康雄さんが亡くなったあとで「シークレット・サービス」のイーストウッドをアテていらっしゃる。そのとき演出家に「2回目以降は自分のやり方でいいから、今回だけは山田さんに似せてやってくれ」と懇願されたそうだ。

 そんなわけで、誰がどうやろうと「ドラえもん」第一回目には非難轟々だろう。しかし、1年後に、これまたたとえば「ちびまる子ちゃん」のおじいちゃんが、富山敬さん亡きあと青野武さんが引き継いで、当時はともかくいまはまったく違和感がないように、このへんの問題はじっくり時間をかけて吟味をした後でないと、まっとうな評価は下せないのだ。

 なので、どういう結果であれ、私は「ドラえもん」新キャストを拍手をもって受け入れたいと思う。って俺、「ドラえもん」もともと見てないじゃん!

 

●広川太一郎さん追悼特集/私的広川太一郎傑作選 (映画秘宝誌 2008.4.21)

<吹替> トニー・カーチス、エリック・アイドル、マイケル・ホイ、ロジャー・ムーア、ロバート・レッドフォード、ジーン・ワイルダーといった、もういまさら書くまでもない「広川さんの声しか想像できない」俳優さんたち。

 書くまでもないんですがひとつだけ。私、トニー・カーチスの「サンタモニカの週末」という映画の冒頭、クルマが坂を転げ落ちるのを、「なんかあれ〜ちょっと待て、ひとりでに動くなよそうやって、曲がったりするなってんのに、ぐっしょんして向こうっかしに行くなって、怖いじゃないかそれじゃ」と追っかける広川さん(だってトニー・カーチスは喋ってないですから)を何十回見返したかわかりません。

 あとさんざん書いてきましたが、「素敵なおぐしだこと、カールしますの?」とナンパイタリア男をオカマ美容師に変換してしまった「ローマの休日」の美容師マリオ、歌の部分もオリジナル音声でなくご自身で歌われちゃってるところもある「雨に唄えば」のコズモ、「シンナー知んない? 君のおかげかもしんない」と全編喋りまくりのMr.ビーン、これまた台詞ないのに「黄身黄身黄身〜!」なんてリンゴ・スターが喋ってる「おかしなおかしな石器人」といった「伝説」の数々。

 ちなみに私がダジャレだけを編集したのは、「恋するパリジェンヌ」でもアテられたディック・バン・ダイクの「怪盗大旋風」。「いい先生ってのはなかなかいませんからね。なんティーチャーって」「融通がきかないっていうか、カボスがないっていうか」「高圧電気? こあ〜っつ!」と飛ばしまくり。

 ダジャレがいいというわけではないですよ。広川さんのお声が聞こえてくるだけで痺れてしまうわけです。

 というのも別にダジャレなんかなくたって、「何かいいことないか子猫チャン」のピーター・オトゥール、「モンパリ」のマストロヤンニ、「男性の好きなスポーツ」のロック・ハドソン、「大頭脳」のベルモンド、「テン」のダドリー・ムーア、「張り込み」のリチャード・ドレイファス、「ラッキーレディ」のバート・レイノルズ、などなど、フィックスではない&イレギュラーな登板もどれもこれも最高だったりするんだもんなあ広川さんって方は。

 昨今では意外かな〜って思ったりなんかするかもだけど、「スペースカウボーイ」でドナルド・サザーランドとか「ハッピー・フライト」でマイク・マイヤーズをやられたり、「くたばれ!ハリウッド」のロバート・エバンス分、つまり最初っから最後まで喋ってくださったりしてました。

 でも実はタランティーノが広川さんだったりなんかして。「フォールームス」「フロムダスク〜」ときて「リトルニッキー」でもそのお声は聞けます。ちなみにこの映画、クレジットだけのエンディングが吹替版だと広川さんが「ミルクをおしっこに変えたりして、ションなわけで保育園を停学中。これって、シッコー猶予って、ゆーよね」なんて言ってくれたりなんかしてくださいます。

<アニメ> 「無限に広がる大宇宙」と宇宙戦艦ヤマトの世界に誘ってくださったかと思えば、「ふかーく、これまたふかーく反省しておる次第であるにしてに」と反省してる素振りもないスノーク、さらにはチキチキマシン猛レース、名探偵ホームズ、キャプテンフューチャー、ラ・セーヌの星。当然、アニメの世界でも広川さんのお声は必要不可欠だったりしたわけで。

 細かいところだとバカボン「ハジメちゃんの中継は中止なのだ」の回、「ダメじゃないかそれじゃあ」といかにも業界人なテレビディレクターとかでも、広川節の炸裂っぷりが聞けたりします。

 新しいところでも、ポケモン劇場版「水の都の護神」でレースの実況中継「おっとコースを間違えたよーだ、やーだ」とか「MEZZO」とか追っかけるべき作品は多数。「ガンビー」でも「さてさて明後日、明々後日」「ごめん、6面7面8面、このへんでやめんとね」とか言ってくださったりするんだもんねこれが。

 きわめつけは「アンパンマン」の「ハムレッド」ゲスト出演。かつて山寺宏一さんに、台本に「君は?」とあるのを広川さんが「君って者は」に変えられて驚いたと伺って、俄然見たくなってみたりしたらば予想以上、「お久しぶりの照り焼きです」「おお! P、Q、R」なんて言ってくださったりしてたのでした。

<CM> 定番「助かりマスク」から浅田飴やクイックルワイパー、アサヒ黒生の「今度ゆっくり、どう?」や極盛やきそば、ちょっと前には小野真弓のアコムで「そいつぁ返しやすいねえ」と一言おっしゃってたり、IBMのThinkPadでは「600万ドルの男」繋がりでリー・メジャースをちゃんとアテられるなど、広川さんのCMといえば山ほどありすぎるわけですが、実はずいぶんと昔には「新日軽の断熱雨戸30、新発売」なんてご本人が出てるのもあったり。

 映画のCMも数多く、渋く「永遠の愛に生きて」「靴をなくした天使」とタイトルを言われてるのもあれば、織田裕二が歌い踊る映像に合わせて「思いっきり笑っちゃおうかこの際。『卒業旅行〜ニホンから来ました』」とか、クストリッツァの映画で「タイトルは『黒猫・白猫』っていうんだなこれが。キャットいい〜!」なんて、嬉しすぎるお声も数々聞かせてくださった広川さん。

 でもここ数年ではやっぱり、「らーめん能登山ってのは、カタカナだったか平仮名だったかカタカナだったか平仮名だったか、どっちだったのかな〜? 意外とこれが漢字だったりなんかして。でもカタカナ? え、平仮名? え、カタカナだったりなんかずいぶんしたりなんかして、漢字だったり、漢字だったり!?」を15秒で言いきるgooのCMが最高傑作ではないかな、なんて思ったりなんかずいぶんしたりなんかして。

<その他> この項は3年ほど前にご本人に伺ったお話からが多くなります。

 ラジオ「男たちの夜かな」、毎週の「競馬中継」、MXテレビで「誰も見てない」(広川さん)ゴールデンの情報番組など、吹替以外での活動も多かった広川さん。「徹子の部屋」も「2〜3度出たかな。楽なんだよね」。

 皆さんよくご存知の「男はつらいよ」第1作で、さくらのお見合い相手で台詞なしの好青年を演じられたりもしてますが、実写出演作品には64年にNHK大阪の柔術もののドラマ「星光る」の主演や、「忍者部隊月光」の月明役なども。

 「好プレー珍プレー」や旅番組のナレーションでも、そのお声を聞かせてくださった広川さん。「今の人ほどテンション高くはやらなかったけど、原型は僕が作ったのかなって」。

 「吹替からナレーションに仕事がスライドしていった」と感じられていたようで、そのぶん、というのも変ですが、三谷幸喜さんのドラマ「龍馬におまかせ」のオープニングや、ユーミンのライブでもMC(録音)など、業界内広川ファンからお声がよくかかったそう。

 スタッフからも「ファンでしたって言われるの、この10年くらいで増えたなあ」ということで、たとえばパーマン劇場版、ドクトル・オクト役でゲスト出演した広川さん、「昔の僕を知ってる脚本家だったようで、台本に『はたはった』とかスノーク口調がいくつか書いてあった(笑)」。