松久淳オフィシャルサイト週松(自前)表紙 > トップ > 週松プレイバック  アフター晩年 「ヤング晩年のテーマ」

 

*これは週松では初出し、「アフター晩年」の<ヤング晩年のテーマ2>にタイトルだけ書いてあるものです。「私の○○日記」というお題で、○○の中は何でもいいというオーダーでした。2008年末にちょうど40歳を迎えるところだったので、こんなタイトルに。ちなみにこの雑誌で前に書いたエッセイは、後に「作家の手紙」という本になったりしたので、このエッセイも出さずにとっておいたのですが、「作家の日記」という本の刊行予定は0%だということなので、週松に載せちゃう次第。

 

2011年7月22日公開

●私の不惑日記 (野性時代誌 2009年2月号)

2008年12月1日

 何の前触れもなく突然頭の中でシャーリーンの「愛はかげろうのように」がヘビーローテーション。

「♪ジョージアもカリフォルニアもギリシャもモンテカルロも行ったわ。でもまだ私自身にたどり着けないの」

 そんな感じの詞だよなと調べてみたら、確かにそうだけど、他の部分がとんでもなかった。

「♪牧師と青姦もしたし、王様たちに買われたし、堕ろした子供を思って泣いた日もあるわ」(超意訳)

 そりゃたどり着けないわ。

 「バブル女の自分探し」と誤解してたけど、実際は「ヤリマンの後悔」。この歌はますます好きになったけど、「ねえ私の話を聞いて」ってこんな身の上を語りだすおばさんは、素直にうっとうしいと思える今月40歳になる自分。

12月2日

 おヒュー(ヒュー・グラント)をノンケでいちばん愛する男の会会長を長年務めているが、とりわけアクターズスタジオインタビューのラスト「10の質問」でのおヒューは最高。

「いちばん好きな音は?」

「ホテルの部屋のミニバーが開く音」

「いちばん嫌いな音は?」

「閉まる音」

 かっこよすぎのおヒュー。40代になったらこれくらいのことをさらっと……物書きごときが言うのは気持ち悪いなとすぐに我に返る。

12月3日

 キカタン(企画単体女優)の素人ナンパものAVを見てたら、隣から壁をドンドン叩かれた。やべ。停止。ドンドンも止まる。ボリュームを下げてもう一度再生。するとまたドンドン。え、まだ筒抜け!? 停止。ドンドンが止まる。まずいなあ、お隣、怖い人なのかしらとしばし慌てた後で、「あ」。

 そういやうちの事務所、木造アパートじゃないんだし、壁を叩いたからってドンドン聞こえるわけがない。

 また再生を押したら、ドンドンもリスタート。なるほどね。画面の中では激しめのハメ撮り正常位。ベッドが壁にドンドン当たってる音も一緒にしてたのでした。

 そんな不惑カウントダウンの自分に照れながら、いまジェームズ・リプトンに「いちばん好きな音は?」「いちばん嫌いな音は?」を聞かれてみたいと思ってみたりなんかしたりして。

12月4日

 よく知らない雑誌から原稿依頼がくる。しかも締め切りは「来週」。

 つまり「誰か偉い先生に依頼したが断られた」→「もう大物に頼む時間はない」→「ヒマそうにしてる原稿が早い奴はいないか?」という安直な編集会議。

 そのくらいわかる中年。わかるからこそ、北へ向かう夜汽車に飛び乗りたくなる中年。でも出不精だからまず上野駅にも行かない中年。

 返事を保留し、こういうひどいオーダーの対処を40代からは考えていかねばならないよなあと、ドンドン音がしない吉沢明歩さんの女教師ものAVを眺めながら考えているときに、マガジンハウス社から連絡。

 1月に出る大泉洋さんとの対談本のスケジュールを初めて聞かされる。「ゲラは来週出ます。戻しはその木曜です」。本1冊分を正味2日でチェックしろと平然と。駆け出しライターのハナコのグルメ記事だってもうちっと時間ないか。大和速記か俺は。

「♪社長にもなったし、AVも大人買いできるし、40歳も迎えるわ。でも貫禄が見つからないの」

 シャーリーンが優しく歌いかけてくれたので、その読んだこともない雑誌の依頼は素直に受けよう、日記とやらを右足で10分で書いてやろうと思ったのでした。あ、足つった。