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左は証拠写真「たまりにたまった15冊(=私のネタ元)」 |
●今月の(でも10年前の)日記リサイクル 24 未公開日記おもいっきり見せちゃいますスペシャル2。<新社会人編> サファリ誌2003年11月号〜2004年10月号で2年間連載 ●日記リサイクルのみ公開時のまえがき 2004年6月 さて、長らく楽しんでいただいた、「日記(でも10年前の)」ですが、とりあえずそのベスト版ともいえる「日記リサイクル」のみの公開となりました。読みそびれた方は右下の削除目次をご覧になって地団駄踏んでみてください。出版に前向きな関係者の方はこっそりご連絡ください。 ●日記リサイクル公開時のまえがき 2004年1月 2004年(1994年)は、しばらく日記をお休みします。いえ、別に書いたら困ることがあるのではなく、 93年12月の日記に書いてあるとおり、「なんとなくいまの自分と地続き」なので、本人的にあまり面白くないかなと。 このコーナーの趣旨は「10年前の自分は他人だ」ですが、すいません、34歳の自分から見た24歳の自分はおもいっきり他人ですけど、35歳の自分から見た25歳の自分はそう他人でもない、ということに気づいてしまいました。 つまりこの10年、私はほとんど成長してないということになります。いりませんかそんな分析。 ですのでしばらく、10年前の日記をひもときながらエッセイを書いておりますので、それにてお茶を濁させてください。目次の「今月の(でも10年前の)日記リサイクル」です。でもこれも面白いですよ。自分で言いますが。 ●日記(でも10年前の)公開時のまえがき 2000年7月 ホームページといえば日記がつきものですが、あれ、面白くないですよね。 そこそこ有名な方の日記ならその趣味を覗き見するような楽しさがありますし、評論家の方の日記なら本なり映画なり音楽なりにどんな視点を持ってるのかを知って勉強になることもあります。 が、「感想文日記」には、まず読み物としての面白さがないという致命的な欠点があり、さらには「こんな趣味を持ってる僕(私)って、どう?」というおぞましい自己顕示欲も見え隠れして、気持ち悪いですね。 インターネットでは誰もが評論家になれる云々などとほざく方がたまにいますが、冗談言っちゃいけません。あるいは、本当に日記を書くのならとことん、「今日はこんな女をこんな風に口説いて、3回連続でセックスして、体位はこうでああで」となんて書いていてほしいものです。 というわけで、くだらない企画をひとつ。 私は89年から毎日欠かさず日記をつけているダイアリストなんですが、「10年前の自分は他人だ」を前提に、10年前の自分の日記を今の自分がつっこむ、という自分マニア極まれりなことをしてみようと思います。 2000年7月〜2004年6月の間、公開してました。 |
■2000年7月〜2004年6月に公開していた日記(でも10年前の)の目次 1993年12月 「四捨五入30」時代への序曲。 1992年12月 彼女とロールキャベツ。 1992年1月 レモンの季節。 1990年12月
そして寂しく1年が終わるのでした。 1989年下半期 年を取るのが早いと思います(2001年の感想)。 |