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彼女が望むものを与えよ

松久淳/著 光文社/刊 定価1680円(税込) 2007年3月20日発売

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愛には、覚悟がいる。

二人目の子供を欲しがる妻、週に一度の不倫相手、妊婦として再会した初恋の相手、一年前に一度だけ関係を持った年上の女、「調教」を施した若い女――。8人の「彼女」の姿が思わぬところで絡み合う、「甘くない」恋愛小説集。

「男は好きになったり寝た女のことはもっと知りたくなる。
 これはふだん女が言う台詞だが、男だって同じだ。
 ただしその知るというのは、女のように相手を理解して
 より愛するということじゃない。
 自分が不安になりそうなその女の向こう側の話や過去の話を、
 自分の中で精算していく作業だ」

 

give your woman what she wants

なぜ彼女は月曜の夜にむだ毛の処理をするようになったのか。
なぜ彼女は男の子しか欲しくないと言い張っていのか。
なぜ彼女は夫以外の男と逢瀬を重ねるようになったのか。
なぜ彼女は26歳のときに自分を変えようと決意したのか。
なぜ彼女はその男のプロポーズに頷いたのか。
なぜ彼女は恋人がいないと嘘をついて若い男に抱かれたのか。
なぜ彼女は焼酎の水割りしか飲まなくなったのか。
なぜ彼女はその夜、必要以上に着飾っていたのか。
なぜ彼女は決して自分の実家に泊まろうとしないのか。
なぜ彼女は6年もつきあった恋人をあっさり捨てたのか。

君は彼女のことを、何も知らない。

 

第1話 彼女が望むものを与えよ

 膝から爪先までをすっと伸ばして、脛に剃刀をあてる妻の姿はとてもエロティックだと思う。

 僕は妻と毎日のように一緒に風呂に入る。そんな妻が32歳の誕生日を目前に、二人目の子供が欲しいと切り出してくる。(初出/小説宝石誌 07.3号)

第2話 火曜の朝の恋人

 毎週火曜日の朝九時半に、私は東新宿で彼女に会う。

 週に一度、同じ時間、同じ場所で私は彼女と関係を持っている。私には妻も子もいて、それは彼女も同じだ。(初出/本が好き!誌 07.3号)

第3話 プレタポルテ

 一〇歳年下の若い女のほうがつきあいやすい男もいるのだろうが、僕の場合はどうやらそういうタイプではなかったらしい。

 これまで年上の女としか関係を持たなかった僕が、生意気な若い女を相手にした。溜息をつく僕に、偶然知りあった女性は「女の子が変わること」を語る。(初出/アンアン誌 06.12.6号)

第4話 結婚しよう

 駅ビルに入っている本屋で久しぶりに出会った彼女の姿を見たとき、僕はいま自分がどこにいて何歳なのかわからなくなるくらい混乱してしまった。

 12年前につきあっていた、当時高校生だった彼女に再会する。彼女は妊娠していた。僕は彼女と夫のいきさつを聞きつつ、去年別れた恋人を思い出す。(初出/携帯サイト「最強読書生活」 07.2.10配信)

第5話 彼女のことは何も知らない

 彼女がそこにいた。
 まず僕はとても不思議な気持ちになって、次の瞬間−−正確に言えば「そこにいるのは彼女なんだ」ときちんと把握した瞬間、僕の足は決しておおげさな比喩ではなく、がくがくと震え出していた。

 一年前に一度だけ関係し、それ以来会わなくなってしまった5歳年上の彼女。ある夜、僕は偶然に彼女を姿を見かける。(初出/携帯サイト「文庫YomYom」 07.2.1配信)

第6話 私のスリッパはどこなんだ?

 その夜いつものように、仕事が終わりましたとメールで報告してきた彼女に、私は一度家に戻ってきちんと身繕いをしてから来なさいと返信した。

 私は彼女をきちんと「調教」していた。しかし「卒業」を言い渡したその夜、手痛い裏切りをされる。(書き下ろし)

第7話 「上」の帰宅

 娘たちの名前を呼ばなくなって何年くらいになるだろうか。

 娘が久しぶりに帰ってきた。その夜、私は愛人に、いままで語ることのなかった秘密を打ち明ける。(書き下ろし)

第8話 ブルーローズ

 朝五時半集合はさすがに昨夜、終電間際まで残業をしていた僕にはきつかった。さらに背中に背負った五〇リットルリュックは、納品忘れのファックスロールを何十本も抱えて走ったとき以来の、拷問のように感じる重さだった。

 5年ほどつきあってきた彼女の様子が最近おかしい。僕は会社の先輩に誘われて、彼女と沢登りへと向かった。(初出/携帯サイト「文庫YomYom」 07.2.1配信)

 

reactions

先に4話「結婚しよう」を読ませていただいたところ、
とまらなくなってしまい一気に最後まで読んでしまいました。
一度に何人もの人に心の奥の奥の本音を話されたような、
「うわぁ、どうしよう」と鼓動がどんどん早くなるのを感じながら
8話「ブルーローズ」でしばし感慨に浸り・・・・・・。
ひとりの女性の過去を、現実の世界でここまで知ることは
相当関係を深めてもなかなか難しいというか、
この女性の過去を知りたい! でも知りたくない・・・・・・。
そんないつも恋愛の初期に起こる衝動が起きて、
女性の過去が暴かれていく様に興奮したり、
「やっぱりいいコじゃん・・・・・」とホロリときたり、
とても自分の中の"男"を揺さぶられた気がしました。
それと、やはり女性は強いなぁとも・・・・・・。
それと、7話「上の帰宅」の最後の娘からのメールは、
ぐっときました。自分でもこの年代の主人公に感情移入できるのは、
とても意外なことでした。
6話「私のスリッパはどこなんだ?」も、最高でした
(「もう一度させてやろうか?」のくだり、
おそらくひとりニンマリ顔をしていたと思います)
1話でも本当に素晴らしいストーリーばかりでしたが、
通して読ませて頂くと、さらに素敵なエンターテイメント作品だ
と思います。

これまでの爽やかな読み口の作品とはひと味もふた味も違う
大人香り漂うビターな短編集でした。
一見淡々としているのに1つ1つの作品がすごく重さを持っていて、
胸にどすんときます。
作品の色の違いのバランスがとてもいいと思いました。
各話のラストシーンの余韻にひたりながら
軽くため息をついて胸のどきどきがおさまるまでの時間が必要だったくらいです。
「この話では存在を仄めかすだけだった人物が、あっちの話では主人公で……」と
どの人物にもそれぞれに存在意義がきちんとあり、
前編通して立体的に楽しめるのも読者としては嬉しいところでした。
この中では、確かに4話「結婚しよう」と
5話「彼女のことは何も知らない」が女性向かもしれませんが
私が一番好きだったのはラストの8話「ブルーローズ」。
その先に待つ彼女の運命を目の当たりにしてから
あえて最後にこれを、という順番が絶妙。
鮮やかな風景、幸せ絶頂のカップル、そこに浮かぶ1点の黒い染み……
ラストにあるからこそ彼女のこの一瞬が一層キラキラしたものに見えます。
個人的には3話「プレタポルテ」の女性が素直で慎ましくて
一番素敵だなと思いましたが
でも今彼女がこうしているのは、「あの」傲慢で身勝手な男のおかげなのかと思うと
ちょっと腹立たしくもあり、
それと同じくらい6話「私のスリッパはどこなんだ?」での久石の言動には
「何を勝手なことを!」と憤りも感じました。
でも冷静になってみると「飲むだけなら不細工より可愛い方がいい」とか
「おばちゃんになっても私は特別よ光線出して生きていく」とか、ものすごく納得。
久石さんのあの口調で言われると思わず「そうか」と頷いてしまうので
毎回一瞬だけ登場して、ひとつずつ名言を残していって欲しかったです(笑)
久石さんに認められる女性になりたいものです。
今回一番胸に残ったのは、6話のこの一文でした。
「それを優しさと感じるには年を取りすぎたし、
もっと言えばそういう若さを偽善だと感じる年になってしまっていた。」
きれいごとだけでは生きられない人間の性が凝縮された
深みのある一文だと思いました。
新たな一面をみせていただいてとても新鮮でした。
一番ぞくっときたのはやはり、やはり7話「上の帰宅」でしたが。
いろいろ経験してきた大人な人にしかわからない甘み、苦み、渋みが
混在していて、全編すごくいいと思います。

とにかく、一言ですませない作品ばかりでした。
なかなか冷静に読めないものが多く…。
はっきり感想が述べられない状態であります。
再読、させてください。
ただ、7話「上の帰宅」が、一番こたえたことは確かです。
全体の四分の三までの文章は、心から見事だと思いました。
久々に読みながら自分がどこにいるのか分からなくなるような、寒気を感じました。
傑作の予感に満ちていました。
でも娘との関係、があれでよいのか、正直、まだわかりません。
こちらも再読させてください。
恐ろしい文章であることは間違いないです。

男女間のデリケートな、できれば見なかったことにしておきたい
微妙な関係性があらわになるにつれ、「ああ、そこのフタも開けちゃうのね」
とか思いつつ、ドキドキ、こわごわとした気持ちで、拝読いたしました。
なかでも興味深かったのは、2話「火曜の朝の恋人」です。
なんの問題もない(ように見える)幸せな家庭を持ち、
さらに恋人ともうまくやっていた男にやってくる決定的瞬間、
そこから堰を切ってあふれ出す現実と女の本性に、同性として共感しつつも、
ゾクッとするような怖さも感じつつ、読み進めました。
そして読み終えたとき気付く、『彼女が望むものを与えよ』という言葉の深さ。
それと、物語に引き込まれたのが4話「結婚しよう」です。
少しずつ明らかになっていく恋人たちの過去を、
推理小説を読むような気分で読みすすめました。
初めての相手があなたでよかったと素直に告白する女と、
最後まで本当の思いは口にしない男。
そういうところ、男ってほんとうにずるいと思うけど、
心に秘めることでいつまでもその気持ちを抱えて生きていくのかなあーと、
「カフェオレを口に運んだが、もうそこには溶けかかった砂糖が
少し残っているだけだった」という一節のせつなさとともに、感じ入った次第です。
予想以上に、それぞれの作品の設定もカラーも違っていたので、
「わかるわかる」と思いながら読んだものもあれば、
「うーむ」と考えさせられるものもあり(7話「上の帰宅」の父親には、
そんなんでは許されぬぞという憤りも残ったり)。
でもそんな色の違う作品を、小さなエピソードで重ねあわせ、
「ひろこ」という名で繋いだ構成が見事でした。

『彼女が望むものを与えよ』拝読しました。
全部の物語を通じての仕掛けも興味深く読ませていただきましたが、
一話一話の話の展開もとても面白かったです。
(特に6話「私のスリッパはどこなんだ?」の話の流れ、好きです)
2話「水曜の朝の恋人」で、
お風呂で彼女が居心地の良いポイントを探したりするところのような、
さりげなかったり、なんでもないようで、でもすごくよく分かる! という描写が多 く、ドキドキしながら読ませていただきました。

全体を通じて、なにが素晴らしかったってその設定と構成の緻密です。
1篇ずつ全くテイストの異なる作品であり、独立した読み物としての魅力。
各編に登場する“ひろこ”たちや少しずつ顔を出す男たち、
その彼らが其々の目線で話す“彼女”、など連作としての魅力。
どちらも併せ持つからこそ、読んだ後になんとも言えない深い呼吸をついてしまう。
もったいないけれど読みたくて、というジレンマを久々に味わいつつ、
一気に読み進めました。
今のことから始まり、連鎖的に次の編につながる。
時間がいったりきたりしていても全く混乱させない、というのは
頭の中で完璧に練られているからこそ出来る。
筆の力に、改めて感じ入りました。
本当に、読むために早く家に帰っていたほど。
でも、読んでいて彼女に自分を重ねることは決してありませんでした。
彼女が備えている“何か”は、
結局は生まれ持った品や雰囲気が無い限り身につかないもの?
という壁にぶち当たるからでしょうか。
あんな人かな、と自分の知り合いで憧れるようなシックな人を
思い浮かべることはあれど、自分で“そう、そうなんだよね”という風に
思える女性はどのくらいいるのだろう? と。
少なくとも、私はそんな自信はないなあ、と。
だからこそ、彼女ではなく、たくさんの“ひろこ”たちに
シンパシーを感じるのかもしれないです。
話として、そんな魅力的な彼女がどうなっていくのか知りたい、
という欲求はもちろんあるのですが。
自分とは別次元のステキな人なのだな、という感覚でした。